「岩石鉱物資源の生成過程の解明」と「石造文化財の科学と保存」
岩石・鉱物資源の生成過程を解明し、鉱物資源探査に有効な地質学的・地球化学的情報を得ることを目的として調査・研究を行っています。特に、熱水性鉱床と関連した花崗岩類の調査、および、超臨界条件下における岩石・鉱物・マグマと水との相互作用に関する高温・高圧反応実験およびその熱力学的解析を行っています。
上記に加え、カンボジアのアンコール遺跡、インドネシアの中部ジャワ遺跡、古代エジプト遺跡などの石造文化財の石材および石材劣化に関する調査・研究を行い、石材を手掛かりに遺跡建造の謎を解くとともに、石材劣化機構の解明を行い、石造文化財の保存対策を講じることを目的としています。
「岩石鉱物資源の生成過程の解明」
(1) 熱水性鉱床と花崗岩の研究
熱水性鉱床を伴う花崗岩と伴わない花崗岩との違いが何に起因するかを明らかにすることを目的としています。当研究室で行ってきた岩石・鉱物と熱水間における元素分配実験から、超臨界熱水中において遷移金属はトリクロロ錯体などの高次クロロ錯体として存在しており、、高温・低圧ほどその生成定数が大きくなることが分かりました。このことは、高温・低圧下で花崗岩質マグマが固結した場合、マグマから分離する熱水中に遷移金属が濃集し、鉱床生成に対するポテンシャルの高い熱水が生成されることが予想されます。そこで、この作業仮説のもとに、鉱床を伴う花崗岩と伴わない花崗岩とを比較研究し、特に、固結圧力に系統的な違いが無いかを探るため、日本、韓国、タイ、カンボジアおよびベトナムの花崗岩類を対象として調査・研究を行っています。
(2) 超臨界熱水溶液の研究
鉱物−熱水溶液間におけるイオン交換平衡に及ぼすNaClの影響を調べることにより、超臨界熱水溶液中における金属イオンの溶存状態に関する情報を得ることが出来ます。今までに、Fe2+、Mn2+、Co2+、Ni2+、Zn2+、Cd2+、Mg2+、Sr2+、Pb2+、Sn2+の溶存状態に関する実験を行っています。実験の結果、遷移金属は、NaClを主とした超臨界熱水溶液中ではトリクロロ錯体として存在し、また、アルカリ土類金属は中性溶存種として存在することが分かりました。
(3) 鉱物−塩化物水溶液間におけるイオン交換平衡実験
鉱物の生成に関与した熱水の組成を推定したり、鉱物固溶体の性質を探るため鉱物と塩化物水溶液間におけるイオン交換平衡実験を行っています。また、温度・圧力を変えて実験を行うことにより鉱物の安定領域を求めることもできます。今までに、ザクロ石、イルメナイト、閃亜鉛鉱、磁鉄鉱、スピネル、カンラン石、灰重石・鉄マンガン重石、輝石・準輝石、黄鉄鉱、磁硫鉄鉱、コルンブ石などを用いて実験を行っています。
また、元素分配を支配している因子を探るため、鉱物−塩化物水溶液間における多元素同時分配実験も行っています。
(4)鉱物相平衡計算システムの開発および岩石−熱水相互作用の数値シミュレーション
岩石・鉱物・鉱床の生成条件を推定するために熱力学的な解析が用いられます。当研究室では、既存の鉱物や溶存種に対する熱力学的データを用いて鉱物安定関係をパーソナル・コンピュータによって迅速に求めることのできる鉱物相平衡計算システムの開発を行っています。また、鉱化作用や岩石の変質過程を明らかにするため岩石−熱水相互作用の数値計算システムの開発も行っています。
「石造文化財の科学と保存」
(5) アンコール遺跡(クメール遺跡)の科学的調査
1994年以来、日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)の岩石班としてカンボジアにあるアンコール遺跡の修復・保存活動に貢献しています。遺跡を構成する石材の科学的調査・研究に基づき遺跡の建造に関する謎を解明するとともに、石材劣化の要因を明らかにするため、石材の岩石学的調査、携帯型蛍光X線分析装置によるその場分析、電磁波レーダ、熱赤外線カメラや含水率計を用いた調査、シュミットハンマーによる反発値測定、超音波伝播速度測定等を行っています。今までの調査により、砂岩の帯磁率を用いてアンコール期全期に渡る遺跡の建造過程と建造時期の関係を明らかにすることに成功しました。また、アンコール遺跡に使用されている石材の石切り場やその運搬経路を明らかにすることもできました。現在はコー・ケル、コンポン・スヴァイのプレア・カーン、プレア・ヴィヘア、バンテアイ・チュマール等の地方拠点遺跡の解明に取り組んでいます。
さらに、カンボジアにある前アンコール期の遺跡であるサンボール・プレイ・クック遺跡やタイ、ラオス、ベトナムに分布するクメール遺跡の調査も研究対象としています。
(6) 国内のレンガ造建造物の劣化
今後の新たな文化財に関する研究として、レンガ造建造物に使用されているレンガ材の劣化原因の究明が挙げられます。対象物としては、世界文化遺産に登録された富岡製糸場、牛久シャトー、東京湾砲台跡等が挙げられます。石造文化財と同様にレンガ材の劣化においても塩類の析出が重要な原因となっていることから、塩類の起源をストロンチウムやイオウ等の同位体を用いて推定することを目指しています。
(7)過去の実績: 古代エジプト遺跡、ジャワ遺跡、チャンパ遺跡、磨崖仏、メソポタミア粘土板
早稲田大学古代エジプト調査隊に参加し,ギザ地区〜ダハシュール地区にかけて分布する古代エジプト遺跡の石材とその劣化に関する調査・研究を行いました。
その他に、インドネシアの中部ジャワ遺跡、ヴェトナムのチャンパ遺跡の石材調査を行いました。 また、メソポタミアから出土した粘土板の非破壊調査を行い、粘土板の製作に用いられた土の供給源の解明を行いました。
他方、国内では大分県や栃木県に点在する磨崖仏の劣化調査を行いました。
最近では、2017年にユネスコの「世界の記憶」に登録された群馬県の「上野三碑」の一つである「多胡碑」の調査を行い、「世界の記憶」への登録に貢献しました。