アンコ−ル遺跡の石材と
その劣化に関する研究

最近の成果

☆ バッタンバン、タケオおよびコンポンチャム州にある中〜小規模寺院の建造に使用されている石英質砂岩の供給源に関する論文を発表しました。石英質砂岩には、黄褐色のものと赤色のものとがあり、黄褐色石英質砂岩はPhra Wihan層から、赤色石英質砂岩はSao Khua層から供給されたことが判明しました。(Heritage, 2024)

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奇跡の建築 アンコール・ワット(フランス制作)(NHK Eテレ 2023年10月14日19時から放送)の日本語版の監修を行いました


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☆ カンボジアの大規模地方寺院であるバンテアイ・チュマール寺院およびラオスの大規模遺跡であるワット・プー寺院を初めとする周辺寺院の砂岩材の調査を行いました。バンテアイ・チュマール寺院に使用されている砂岩はアンコール遺跡に使用されている灰色〜黄褐色砂岩と似ており、その供給源がタイのタプラヤにあることが分かりました。ワット・プー寺院等のラオスの寺院の砂岩材はアンコール遺跡と比べて赤色を示すものが多いが、同じ地層(Red Terrane層、タイではPhu Kradung層と呼ばれる)から供給されていることが分かりました。しかしながら、ワット・プー寺院等の砂岩は帯磁率が小さいとともに、SrおよびRb含有量がカンボジアの寺院に使用されている灰色〜黄褐色砂岩と比べて明らかに低いことが判明しました。(Heliyon,2023)

☆ アンコール遺跡において使用されている3種類の砂岩(長石質アレナイト、石英質アレナイト、長石質〜石質ワッケ)を非破壊法である帯磁率測定および携帯型蛍光X線分析装置により分類する方法を見つけ出しました。また、タ・ケオ寺院の祠堂、彫像およびリンガ=ヨーニに使用されている長石質〜石質ワッケに関しては、帯磁率、RbおよびY含有量に違いがあり、その供給源が異なることを見出しました。その中でもタ・ケオ寺院の長石質〜石質ワッケの供給源がクラチエ州のサンダン村にあることが明らかにされました。この砂岩はメコン川およびトンレサップ川・湖を使用して運搬されたことが推測されます。(Journal of Archaeological Science: Reports, 2021)

☆ アンコール遺跡で多用されている灰色〜黄褐色砂岩の石切り場調査をクレン山南東山麓において継続的に行ない、今までに計145箇所の石切り場を発見しました。帯磁率測定および厚さ測定より、アンコール期の灰色〜黄褐色砂岩の石切り場は、東西2kmの土手の東側および北側に広がっており、時代とともに土手の東側から北側へと反時計回りに移動したことが明らかになりました。(Archaeological Discovery,2020)

☆ アンコールを中心とし、地方拠点寺院とを結ぶ5つの王道の内、東道沿いに造られたラテライト造の橋のラテライトおよび砂岩の調査を行い、ラテライトの供給源が5か所あることが推定され、ラテライトは砂岩と比べて供給範囲が狭くなっていることが明らかになりました。(Heritage Science, 2020)

☆ カンボジアで3番目にユネスコの世界文化遺産に登録されたサンボー・プレイ・クック遺跡のN、S、Cグループおよびその周辺レンガ造寺院の建造順序をレンガ材の化学組成(特に、Rb、Ti)とレンガの厚さ等に基づき明らかにしました。(Heritage,2019)

☆ 大プレア・カーン遺跡(Preah Khan of Kompong Svay)、プノン・デック周辺およびアンコール遺跡から産出した鉄スラグおよび鉄鉱石の構成鉱物の化学組成から鉄鉱石の供給源が少なくとも2つあることが明らかになるとともに、鉄スラグ中の炭に対する放射性炭素年代測定から製鉄の年代が明らかになりました。(Heritage,2019)

☆ 以前に実施されたコー・ケル遺跡のラテライト材に対する化学組成と帯磁率の測定結果に加え、コー・ケル遺跡のレンガ材に対する化学組成と帯磁率の測定を行い、これらの測定結果を基にコー・ケル遺跡の各建造物の建造順序の推定を行いました。(Archaeological Discovery, 2018)

☆ カンボジアで2番目にユネスコの世界文化遺産に登録されたプレア・ヴィヘア遺跡を構成する建造物の建築順序を石材の化学組成、帯磁率、サイズおよび破風の形状などに基づき明らかにしました。(Heritage Science, 2017)

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BBCが制作した「アンコールワット 密林に眠る巨大都市」(NHK Eテレ、2017年9月23日(土)19時から放送)の日本語版の監修を行いました。



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☆ アンコール遺跡の石材表面の黒色化の主たる原因は、藍藻類(シアノバクテリア)の生育によるものですが、これに加え、マンガン酸化バクテリアの活動によるマンガン酸化物の沈着も原因の一つであることを明らかにしました。(Heritage Science、2016)

☆ コー・ケル遺跡の寺院に使用されているラテライト材の化学組成(Sr含有量)と帯磁率に基づき、寺院の建造時期を5つに分けることに成功しました。(Heritage Science, 2014)


☆ アンコール遺跡からコンポン・スヴァイのプレア・カーン(大プレアカーン)に続く王道(東道)沿いに位置する寺院(宿駅寺院、宿駅を含む)の砂岩材の供給源に関して、初期にはクレン山から砂岩材が供給されたが、後期には、大プレア・カーン周辺の石切り場から供給されたことが、帯磁率の研究から明らかになりました。(Archaeological Discovery, 2013)




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米国の科学雑誌「Science」のWeb News(2012年10月12日)および2012年10月19日発行の「Science」(下図左)において、衛星写真および現地踏査によって私たちが新たに見出したアンコール時代の石材運搬経路および石切り場に関する論文"Quarries and transportation routes of Angkor monument sandstone blocks"(Journal of Archaeological Science, 2013, p.1158-1164)が紹介されました。従来の運搬ルートはトンレ・サップ湖を経由し、90kmの道程がありましたが、私たちが新たに見出した運搬ルートは35kmの道程で、運河および河川より構成されています。

この新しい石材運搬経路の発見は、2012年10月20日発行の英国の科学雑誌「NewScientist」およびそのWeb(下図右)でもNews記事として取り上げられました。

                      

さらに、2012年10月24日発行のカンボジアの英字新聞“The Cambodia Daily”でも運河と石切り場に関する記事が掲載されました(下図左)。今回の新たな石材運搬経路の発見はGoogle earthの衛星画像がきっかけとなっていることから、Google EarthのBlog(2012年10月25日)でもこのニュースが取り上げられました(下図右)。

        
 
これらの他に、下記のメディアでも報道されています。

Cambodge Post(カンボジア) 2012年10月22日 論文の概要がフランス語で紹介されています。
The Phnom Penh Post(カンボジア)2012年10月26日
The Telegraph(英国) 2012年10月27日
LiveScience(米国) 2012年10月31日

La Recherche(フランス) 2012年12月1日(12月号)
The American Scholar(米国) 2012年冬号

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2011年に韓国のEBSが制作したアンコール遺跡に関する番組「Angkor - the land of Gods」が44分の日本語版(日本語タイトル:奇跡の寺院 アンコールワット 〜クメール王国の栄光〜)としてNHK教育テレビ(Eテレ)の「地球ドラマチック」にて放送されました。この日本語版の監修を行うとともに専門家の一人としてコメントを行っています。放送は2012年10月27日(土)の午後7時からで、再放送は11月5日(月)の午前0時からです。

                       


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16年間に及ぶアンコール遺跡の石材調査結果を「石が語るアンコール遺跡 岩石学からみた世界遺産」と題して2011年3月に早稲田大学出版部から出版いたしました



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当研究室では、日本国政府アンコ−ル遺跡救済チ−ム(Japanese Government Team for Safeguarding Angkor:JSA)の岩石班としてアンコ−ル遺跡の修復・保存作業に貢献しています。
カンボジアにあるアンコ−ル遺跡は、9世紀から13世紀にかけて建造された石造建造物です。アンコ−ル地区には約50の主要遺跡が存在し、私たちはアンコ−ルワット、アンコ−ルトム、バンテアイ・スレイ、タ・プロ−ム、タ・ケウ、プラサ−ト・ス−プラ、ピメアナカス、東メボン等40遺跡の調査を今までに終えました。
アンコ−ル遺跡を構成する石材は、砂岩とラテライトであり、古い遺跡では煉瓦も使用されています。アンコ−ル遺跡に用いられている砂岩は、主として灰色〜黄褐色砂岩で、中粒〜細粒の石英、長石、雲母、岩石片から構成されています。


今までに調査した遺跡に使用されているこの 灰色〜黄褐色砂岩の化学組成には遺跡による違いが見られませんでした。しかしながら、その帯磁率には系統的な違いが見られ、調査した遺跡は帯磁率に基づいて分類され、これらの遺跡に用いられた砂岩の供給地は7箇所あることが推定されました。従来から砂岩の供給地であると言われていたクレン山南東裾野において石切り場調査を行った結果、今までに140箇所の石切り場跡を発見しました。




また、タ・プロ-ムプレア・カーンバンテアイ・クデイおよびバイヨンにおいて帯磁率の詳細な測定を行うことにより各遺跡の建築順序を推定することに成功しました。

従来クレン山の南東裾野に産する砂岩材は、南部に位置する巨大な運河を通って、トンレサップ湖を経由し、さらにシェムリアップ川を遡ることによりアンコールの地に供給されたと考えられていましたが、衛星画像を基に現地調査を行った結果、クレン山南東からアンコールに続く、道路・運河および河川からなる新たな運搬経路を発見しました。従来の運搬経路は90kmに達するものでありましたが、新たな運搬経路は35kmであり、クレン山とアンコールを結ぶ最短距離に近いものです。

遺跡に使用されている砂岩の層理面を調べたところ、9世紀から11世紀後期に建造された遺跡では層理面が縦になっている石材の割合が30〜50%程度と高く、11世紀末期以降に建造された遺跡ではその割合が低く、10%程度であることが分かりました。
遺跡に使用されている ラテライトは、礫岩および砂岩を原岩としており、組織に基づきピソライト質ラテライトと多孔質ラテライトに分けることができます。ラテライトに関しては、孔隙の大きさと帯磁率に基づき5グループに分けることができました。このグループ化は、As、Sb、VおよびSrの含有量からも支持されます。また、層理面方向に関しては砂岩と同様の結果が得られました。


アンコ−ル遺跡は15世紀に放棄された後、密林に埋もれ荒廃し続けてきました。アンコ−ル遺跡の荒廃の原因としては、石材強度の不足、石材の化学的風化、棲息するコウモリの排泄物に起因するエフロレセンス(写真1写真2写真3)、方解石析出に起因する塩類風化、タフォニ風化(写真1写真2)、地盤の不同沈下、樹木の成長に伴う破壊、藻類・地衣類・蘚苔類による石材の化学的風化、石積法の問題点、風等の自然災害、盗掘・内戦等の人間活動が考えられます。

私たち岩石班は、石材劣化の原因と劣化程度を明らかにするために、熱赤外線カメラ、地中レーダ、シュミット・ハンマ−による反発値測定、超音波伝播速度測定、孔隙率測定、含水率測定、目視調査等を行い、アンコ−ル遺跡の修復・保存のための基礎的デ−タを提供しています。


アンコール遺跡は、9世紀から13世紀にかけてクメール民族によって建造された建物で,現在のタイおよびラオスにも分布し,クメール遺跡と総称されています。
カンボジア国内には、アンコール遺跡の他にも規模の大きな遺跡が存在します。大プレア・カーン(Vol. 1, p.37-48:Open Access)(コンポン・スヴァイのプレア・カーン)、コー・ケル、プレア・ヴィヘア、バンテアイ・チュマールがその代表的なものであり、道路の整備が進んできたこともあり、近年は、これらの遺跡の石材調査を行なっています。また、これらに加え、前アンコール時代の代表的な遺跡であるサンボール・プレイ・クックの石材やレンガ材の調査も行っています。

カンボジアのクメール遺跡(アンコール遺跡)との比較のためタイおよびラオスのクメール遺跡の石材調査を行なっています。また、カンボジアには地雷が多く残されており,危険であるため、石切り場調査や地質調査を行なうことができません。そこで、カンボジアおよびラオスとの国境近くに位置し、クメール遺跡が多く分布するタイのコラート高原で地質調査を行ない,クメール遺跡の石材を供給した地層の推定を行なっています。既にピマーイ、パノム・ルン、カオ・プラ・ビハーン、ムアン・タム、ワット・プー等の主要な遺跡の調査を終えました。その結果,石材供給地は地形に大きく支配され,コラート高原の下部に位置するアンコール遺跡やラオスのクメール遺跡の砂岩材はコラート層群の下部層であるPhu Kradung層から供給され、コラート高原に位置するタイのクメール遺跡の砂岩はコラート層群の上部層であるPhu Phan層、Phra Wihan層およびKok Kruat層から供給されていることが分かりました。


アンコール遺跡写真集




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